2010年05月25日

そういえば、こっちで泣いてる子って見ないなぁ。

ふと思ったんですけど、

babe3.jpg

日本では、子供がゴネて人目もはばからず泣きわめいて、お父さんお母さん困っちゃうみたいなこと珍しくなく、よくありますよね。

デパートでおもちゃ売場を離れたくないときとか目


それが、こっちでは無い。


なぜだ?


いや、もちろん泣いてる子見たことないわけじゃないんです。

でも上に書いたようなシチュエーションに出くわす事が本当になくて。


でちょっと自分の頭の中で分析してみたんですが眼鏡

たぶん子どもとしては、自分の思い通りに事が進まないときとか、なにか不快な気分の時に泣くんですよね?子ども育てたこと無いからよくわからんが。

だからオムツにうんちしたときとか泣きますよね?
欲しいものが手に入らないときとか。
何か自分の意思に反する事をさせられる時とか?
うん。


じゃあなんでこっちの子供はあんまり泣かないんだ?


ぐるぐる考えたんですけど…



あ!

たぶん、親が子どもの意思に反して何かをさせるってことがないのか?
という仮説に辿り着きました。

つまりどういうことかというと

例えば日本だったら子供がみっともないことしたら親がすぐに止めに入ったりとか、子供の興味とは別の方向に連れて行ったりとか、
もちろん必要なことなわけですが。


でもこっちは
子どものやりたいだけやらせる

っていうか

親は親、子は子で楽しんでる

っていうか…。

日本ほど親が子供の行動をセーブしてないから、子供もわざわざ泣くような気持ちになる事がないのかなー。

良い意味か悪い意味かわからないけど、比較的放ったらかしというか犬

ただ、別に親が行動を監視してないでも子供なりに「空気」を察してる気もするし、親以外の周りの大人もちゃんと気に掛ける様子だし、もちろん悪いことした時には叱られてるし、

特に無秩序キッズワールドが存在してるわけでもありません。


日本の子供にとっては、なんだかとりあえず泣き喚いて親を困らせる事が、欲しいものを手に入れる1つの作戦でもありますよねドコモポイント

けど、あまり多くの“物”を持てないこっちの環境で育っている子ども達は、小さい頃からどこかでその辺のことをわかってるような気もします。

だから、とても小さい子でもあれが欲しいこれが欲しいというよりも
「家族にこれがあげたい」とか「分けてあげたい」とか、広く言うとシェアの精神があるんですよね〜。
まったく感心しちゃいます。



うーん。なんとも確信のある結論には至らなかったのですが

「子供が泣かない」

そんなところにもフィリピン社会の一面が見える気がします…。

babe1.jpg
単に子供がボーっとしてるのもあるのか?泣くの疲れるしな…(笑)



皆さんはどう考えますか?

babe2.jpg
パワフル母さん
サイト随時更新中! ♪NPO法人セブンスピリットアジアの子どもたちにクラシックを届けるUUUオーケストラプロジェクト
posted by ぷー at 21:15 | Comment(11) | なんでもないこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
子供を育てることは
信じることと許すこと
どこかで聞きました
Posted by meseyan at 2010年05月25日 22:13
>meseyanさん
「信じることと許すこと」ですか。
信じるって、言うのは簡単でも、本当に相手のことを信じてあげる(信じてあげるというか、主体的に信じる)ことって本当に難しいですよね。
信じているから任せられるし、信じているから触らない。たまに不安になるけど、そういうときにはむしろ信じるしかない。
自分も、「信じる」ということは本当の意味の「強さ」を持った人にしかできない事だと、だからこそ本質的に強い人間になりたいと考えた事があります。
まず、こちらが自立して、自分に対する過不足ない自信を持っていないと相手を本当に信頼することなんてできないし、それでもたまにぐらっと揺れることもあります。
強くなるには、受け止める(受け“入れる”ではないと思いますが)力が必要で、そしてそのためには色んな人を、色んな事を目の当たりにし続けていくしかないんだと思います。

親になる、親でなくても、あらゆる立場で社会の一員として子供を育てるって言うことは、そういうことを求められてるのかも知れないですね。
とても考えさせられるコメントでした。ありがとうございます。
Posted by hide at 2010年05月26日 16:19
また、難しいお題を・・・
コメントすべきか、かなり悩んだんですが・・・ごめんなさい(先にあやまっておきます)
個人的には、ひでくんの分析は、結構いい感じと思うんですよ。
いつ泣くかは、言葉が上手く扱えなくて、理解してもらえないとかね。一生懸命伝えてるのに、全然理解してもらえなかったら、もう泣くしかないよね。親の余裕の問題もあるかな?
フィリピン子育て事情は、よく分からないのですが、一つ、補足したいのが、泣くことでしか自分を表現できない子もいるということで、これは、親とか育て方とか性格は全く関係無いということがあるということ。
だから、スーパーで子供が泣き喚いていても、「この子は頑張ってるんだ」と私は思うんですよね。
みんな個性ですね。
Posted by jonko-mama at 2010年05月26日 20:03
いやあ ごめんね 偉そうに語っちゃってw
俺は子供いないからね

斉藤ひとりさんの言葉です
斉藤さんは キリストの言葉だと
仰ってましたよ
だから人類がずーっと考えてるテーマだと
思います
Posted by meseyan at 2010年05月26日 23:06
初コメです。


ぷーの仮説、当たってるかもね。昔、誰かが『日本は恥の文化である』って言ってたけど、日本人は周りの目、つまりは世間体を気にする余り子供達の行動を制限してしまうのかもしれないね。
日本は本当に豊かで物に困ることはないけれど、子供達の純粋な笑顔があまり見られないっていうのは悲しい現実だよな。そういう意味では日本人は大切なモノを忘れてしまってるのかもしれないね。


あっ、チャリのぷー号は日本で大活躍だよ。本当にありがとう。
Posted by コモリン at 2010年05月27日 01:34
>jonko-mamaさん
謝らないで下さい!皆さんの正直なコメントを聞いて、また自分の考えを発展させていくのが自分のやりたいことなので、感謝するだけです!ほんとに。
「個性」のベース自体、やはり国や環境が変わればレンジの端と端が変わるのかなぁ、とか思いました。日本で言われる個性、フィリピンで言われる個性、色々ありますが、そのお互いがお互いのフィールドでは必ずしも存在しない、ということももしかしたら有るのかもしれませんね。ただ広い考え方すればその「国」自体が世界の中では重なりえない「個性」なわけで…ぐるぐる。
その中で生活していれば気にもしない(むしろできない)自分の生きている社会のユニークさ、どんな社会にでもそれは在って、だからこそ色んな社会に接してみるのは面白かったりします…。
Posted by hide at 2010年05月27日 13:25
>meseyanさん
何千年経っても、いくら科学が発展しても、人間が直面する問題の本質は、そして答えを見つけるまでの道筋はさほど変わらない、ってことなんでしょうね。
科学であったり宗教であったり、人間の発展させてきたあらゆるものは、問題解決のヒントとして、材料として用いることはあれど、それ自体が解決策にはならなくて、むしろ結果的に問題の根源を、真剣に向き合う対象から逸らすことになってるのかもしれないなぁ。
今自分たちが必死になっているのは例えば科学をとれば「科学(そのもの)の発展」。科学という枠の中でいかに進歩を見出すかであって、本質的な問題を突き詰めていくこととはまた少しポールがずれていますもんね。ただそうしないとよりよい生活を手にすることができないのも事実。
あぁ、世界って本当に終わりがないなぁ…。
Posted by hide at 2010年05月27日 13:33
>コモリンさん
こもりんが標準語…(爆

恥の文化、それはそれで素晴らしいとも思う。
人として何を恥ずべきことと思い、何を堂々とやるべきか、その線引きが自分の中で確固として存在しているからこそ、正義を信じて振舞えるのかもしれないし、だからこそ「侍」的な美徳が日本には伝統的にあって、日本人は誰でもそこに惹かれてるとも思う。
でも、最近はむしろそういう徳は忘れつつあって、忘れてはいなくても自分の行動指針とはあくまで別個のものとして捉えてしまっていて、だからこそ自分の行動に対する信念みたいなものが置き去りにされてるのかも。
そうなれば何を頼りにするかといえば「他人からの評価」。自分の行動が他人にどう映るか、ということばかりを気にして、その上で人から好意的に見られる行動ばかりを意識的にも無意識的にも選択するようになってしまったんじゃないだろうか。
「良い事と悪い事の判断ぐらいできる年」とかいう表現を使う機会がよくあるけど、そこで指している良い事と悪い事って、自分の中で確立された正義“観”なのか。
ただ、自分の判断が正当であると常に信じ込んでいる人に限ってそれは社会的に好まれないことであったりして、皆が健全な行動基準を持てることって、実は相当に難しいんだろうね。必ずその議論をする上で数え切れないほどの主観も含まれるわけだから。。

まぁとにかく子ども達には、無邪気に笑ってて欲しいな。

ちゃりは活躍してるようでよかった!!半年放置しとったけんもう壊れとうか盗まれとうかしとるかと思った(笑) 使ってやってください。
Posted by hide at 2010年05月27日 13:49
日本人って人に好かれようとする性格って心理学系の人が言ってたんだけど、親も自分の子供が良い子に思われようと行動するし、例えばラーメン屋とかでもすごく行儀よく食べさせようとするし、文化なのかなって思ったり。
ヨーロッパの人は人に嫌われてもそれが?って感じって、かなりざっくり言うとそんなようなこと言ってて、フィリピン人も気にいられようとか考えてなさそうだしさー、いろんな生き方があるよね!
昔の日本の子供も泣いてねだったりしなかったんじゃないかな?小さいながらに自分のおかれてる状況をわかってるのかなーって、でもガマンしてる感じもそんなにしないから自然とそうなってるのかなー。
Posted by カツカフ at 2010年05月27日 20:49
>カツカフさん
なんか極論、こっちの人はあんまり色んな事を、深刻なことを考えてないのかもね(笑)
日本人はいつでも、考えてる。
とくに未来のことを。そして悪い事を。
もちろん備えないといけない。
でも、明日、1年後、10年後どんなハプニングがあるかなんて誰にもわからないわけだから、まずは今、PRESENTを思いっきり楽しめばいいんじゃないかぁ、とか思うよ。
たとえば老後の為にあくせく貯金して、今を犠牲にして、でも本当にその結果素晴らしい老後が待ってるかなんて誰も知らない。待ってるのかもしれない。
備えあれば憂いなし…。その通り。
でも、「備え」それ自体が「憂い」になってしまったら元も子もない。今って結構そういう人多い気がする。
もちろんバランスだけどね。
先のこと何も考えなくていいのかっていうとそんなはずは絶対ないから。

本当に人生のテーマは「バランス」だと思う今日この頃であるよ。今も、未来も、楽しんでいたいからな。
Posted by hide at 2010年05月28日 12:42
ありがとう。
Posted by jonko-mama at 2010年05月28日 16:58
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